夜明けは訪れるのか(6)
Emu sickSの初流通音源『夜明け前のジーニアス』が10月25日に発売されます!嬉しいよ…!
本当に良いアルバムだからみんな聴いてよね…!!
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〜前回までの流れ〜
全員大学生のときに結成したEmu sickS。卒業後もダラダラと活動し、ゲスの極み乙女。と対バンすることに。そこを境に頑張ることを覚え、2013年8月に初の自主企画。その日から僕は「16ビートはやお」と呼ばれだした。
まるで、るろうに剣心の京都編、志々雄真が倒された後みたいにブログのピークがすぎたような気分になっていますが、それでももう一度ピークを迎える雪代縁が出て来るまでしっかりブログを書きましょう。
2013年8月の自主企画後、月2本ペースでライブを打ち続けるEmu sickS。
一方で、ちゃくちゃくとレコーディングをしていた。
それが2014年に発売される『OKEREKE』だ。
奈良のスタジオジュエルというところで、前作『PALPABLE』と同じエンジニア小島さんを招き、録音した。
そして、その当時ジュエルの店番をしていたのが、後に心斎橋JANUSのブッカーとなるヨコデさんだった。
ヨコデさんはでてこないけど、レコーディングのメイキング映像を使って作ったMVが『New York City Night』
懐かしすぎて恥ずかしい。
ヨコデさんはずっとモンスターハンターをしていた。なかじんをそそのかして、彼もモンスターハンターを買い、一緒に狩りにでていったり、「こんぼい」と名付けたキャラを交換したりしていた。
この頃僕は「メトロノームを聞きながらドラムが叩けない」といって、無茶苦茶な状況下で録音していた。
映像に写っている髪の長いのが大学院生。短いのが社会人。社会の縮図である。
この頃のイチオシ曲は『Black Out』。この曲は『夜明け前のジーニアス』にも再録で収録されているよ。テンポがぜんぜん違う。ちなみに両映像とも僕が作っている。恥ずかしすぎる。
レコーディングと、ライブとをしていたら、気がついたら大学院も修了してしまった(プレッシャーで吐きまくっていたけどね)。
まさきも社会人となる一方で、僕はいろいろあってとりあえず修了した後に一年ふらふらと就活をしていた。ビバ人生の夏休み。
2014年のEmu sickSトピックは以下の通り。
●京都のDJグループ?イベント?『ANTENNA』と出会う
●OKEREKEレコ発で広島やら福岡やらに初めて行く
●仙台のコンタミント、広島のペロペロしてやりたいわズ。と東名ツアーを行う
●スクリュードライバー飲み放題イベントを自主企画する
●裁判員制度で裁判員に選ばれて刑事事件に携わることになる
●バイト先のお好み焼き屋で店長になる(肩書はバイトのまま)
●ツイートがバズってYahooのトップページに表示される
みんながまず聞きたいのは僕がバイトの肩書のままお好み焼き屋の店長的存在になったことだろう。間違いない。これだけは譲れない。
なんばの中心地のお好み焼き屋で、僕はなんちゃって店長になった。シフトを組み、一日中店に入り浸り、バイトなのに後輩バイト君に「忙しい?」って聞いたりしていた。土日はライブが有る時は休んだりしていたけど、かなり入り浸っていたと思う。正直、気が楽すぎて楽しかった。
お好み焼きを焼き、ホールにまわり、ビールを注ぎ、売上を入力し、レジ締めをし、棚卸しをし、キャベツや卵を発注し、焼きそばを焼いていたら「やっぱりドラマーってだけ合ってリズムよく焼きますね」って言われたりしていた。
そして裁判員制度で選ばれて裁判員裁判に参加した。
事件って恐いって思った。細かくは言えないけれど、夕方のニュースとかで見るような裁判所の中で、被害者の供述や加害者の主張、弁護士が繰り広げる弁舌、監視カメラの映像、目撃者の話、状況証拠、こういったものをこねくり回して有罪無罪を決めるのだ。有罪だったから、刑期の長さまで、一緒になって決めるのだ。すごい体験だった。
…あれ?僕は一体何の話をしているんだろう?
そうだ、Emu sickSのこと。話したいんだけど、上記のトピックの中から余計なものを振り落とす必要があったから先に書いてしまったのだ。でも、なんだかそれなりに面白い気もする?
次回は、京都のDJイベント?グループ?『ANTENNA』と出会う。
これまで「DJ」ってパーティーピーポーだ!こわい!別世界のテンションの人!!近づけない!!絶対僕らの音楽なんて聞いてくれない!絶対高校の時クラスの中心だった人ばっかりだろ!!と思っていた僕達に、意外な接点をもたらしてくれる契機となったイベントだ。
次はそこから。
Emu sickS 16ビートはやお