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自らを守破理していくということ

ZOOZ、4月にフルアルバム“shu ha ri”を発売します。(細かい日程は追々)

ライブ会場で販売は勿論するんですが、それだけでは間口が狭いというか、自分達で自分達の音楽を狭めてしまっては良くないなと思い、「レコ発から発売!!」ではなく、企画に先駆けてアルバムの配信とか、盤の配送とかをしようと考えています。またアナウンスもしますね。

それまでには色々と映像やらなにやらでアルバムの曲を聴ける状態にはなっているかも(実のところ現時点ではまだ後一歩のところでアルバムは完成していない)。

《1》

ZOOZが始動したころ、個人的に2020年の秋頃にミニアルバムを出せたら良いなと思っていたし、進度的にそのくらいになるだろうなと思っていた。

ところがよろしいことにバンドの化学反応が順調で曲が沢山でき、気がつけば音源の予定が夏に前倒しになり、内容もミニアルバムから13曲のフルアルバムに膨れ上がり、それでも曲の出来がとどまるところを知らず更に時期が前倒しになり、春にアルバムを出すことになった。

「曲はバンドの資本である」という言葉を噛み締めている。

Foalsがツアームービーで「数ヶ月で消費されていく音楽に製作で2年費やすのは果たして意味があるのか」と言っていた。その答えは「消費の速度に合わせて大量に曲を作る」というインスタントを更に加速させるようなことでは決してないと思っている。ただ、「同じ靴を毎日履き続けているとヘタるのがはやいので、なるべく長持ちするように数種類の靴をローテーションで履く」ように曲を沢山持っておくことは、鮮度を保つ一つの方法なのかもしれないなとも思ったりしている。そういう意味ではフルアルバムが時期を早めて出ることは喜ばしいことなのかもしれない。

《2》

ささやかながら期待として、大学院の時に出会った人たちにZOOZの音源が届けばいいなと思っている。

2年の修士課程を修了後、ほとんどの人と会っていないけれど、院で出会った人の考えや生き方が、今の僕自身の価値観や人生観を形成していると言っても過言ではない。僕の音楽観やドラム観はここに根付いている。

僕は学部から院に進学するときに別の大学へと移ったので、あらゆる環境や人間関係やコミュニティが変化した。一挙に新しい考えや厳しさを持つ人に出会った。

正直僕は院に進学することでまだ学生身分としてしばらく音楽ができると甘えていた節もあり、頑張っていたとは思うが院生としての覚悟は今振り返れば足りなかった。だから入試も何故受かったのか分からなかったし、試験日に絶対落ちたと思ってその日にやけになって散財したりもしていた。

兎角、僕の周りの院生の皆は、研究者になるという「覚悟」があり、学問とは何たるかに常に向き合い続け、時間と労力と費用をつぎこんでいた。僕はまずもってその費用と時間を作り出すことから始めなければならない環境にいたため、学問を問わず恵まれている環境にいる人を僻んでいたりしたけれど、ひたむきに真摯な姿勢で臨む人の考えや言葉はそんな僻みを超えて芯に響くような感じがした。

過去の研究者をリスペクトし、それらを吸収したうえで「今を生きる自分たちの鑑」として新しいものを生み出す一連の流れ、たとえそれが先人たちが築き上げてきた塔に小さい石を一つ積むだけのような行為だとしても、それ自体が文化への貢献のように思えた。そういったものになりたい自分はいたが、覚悟が足りないのと内なる僻みが邪魔をして、学問研究というフィールドではほとんど何もできなかったように思う。

《3》

ZOOZはポストパンク・リヴァイヴァル・リヴァイヴァルというコンセプトを掲げ、過去の音楽やムーブメントをリスペクトし、そのうえで今の自分たちのサウンドを一つ音楽の歴史の上積みとして鳴らそうとしている。個人的には大学院時代に学問で同じことをしようとしてできなかった自分を重ね、過去の自分を打破しようとしているように思う。

学問と音楽でフィールドは異なるけれど、やろうとしていることは同じなはず。

僕が音楽でやろうとしているのは結局こういうことだったんだろうなと思っている。

確かに平たくいえば音楽でチヤホヤされたい欲求があるのは嘘ではないし、それに伴って得られる諸々に魅力を感じるけれど、それだけを追い求める人生は、僕にとっては哀しいものでもある。日々の小競り合い、蹴落としあい、媚びへつらい、大きく見せ合いはもうたくさんだし、そんな毎日を振り返った時には消費しつくされた痕しか残らない。

昨年、数年ぶりに大学院の頃の友人と会う機会があり、他愛もない話しかしていなかったけれど、彼が今どういう環境で奮闘しているか、そして他の友人の近況の話も受けて刺激をもらい、今一度「どうして音楽がやりたいのか」を考えなおし、根っこにこの気持ちがあったのを再確認した。方法は違えど目指している営みが同じであるならば、大学院の頃に出会った人たちに聴いてもらえたら嬉しいなとささやかな願望が生まれた。

勝手にZOOZに色々個人の思いを背負い込ませてしまいメンバーには申し訳なく不憫な気持ちもあるが、あくまで根本的なマインドは「かっこいい音楽を楽しく追求すること」で、その結果文化にタッチして得られるものをメンバー間で分かち合えたら最高じゃん、って思っている。

《4》

企画が後2日まで迫ってきている。

正直言うと、ウイルスの問題で非常に心中穏やかでなく、「良いイベントなので来てください!!」とだけあっけらかんと言えたらどんなに楽だろうかと思いながら日々を過ごしている。

ウイルスが出始めの初動の段階でもっと早く何とでもできただろう(地位だけ)偉い人たち…、人間の目先のエゴが人類を苦しめるじゃないか…と思って結構精神的にダメージを喰らっている。それでも今のところ毎日電車に乗って仕事に行き、働き、電車に乗って帰り、温かいお風呂に入りおいしいご飯を食べ、ぐっすり眠る日常が続いているので、とりあえず現段階では人生を豊かにする音楽はやりたいなと思っている。正常性バイアスなのかもしれないけれど。

ただ、企画に来る選択肢も来ないで外出しない選択肢もどちらも優しいと思う。心に無理せず楽しめるのが一番だと思う。

そういえば、Emuが10周年ワンマンをしたとき、その少し前に大阪北部地震が起き、「あともう1回地震が起きたらイベント辞めよう」と内々に話していた。地震を理由にキャンセルした方も勿論いて、その時にも僕はこういう選択をとれる人は優しい人だなと感じていたのを思い出した。そういった過去もよぎりつつ、当日は、なるべく良い演奏をしようと考えている。

ともかく、ここ1年くらいは、余計なものに目を向けることを辞めて、良い演奏と良い音源をひたすらに追い求めた日々だった。失ったものもあるが、得たものは大きい。突き抜けるために、日々愚かに練習するのみである。

格好良い演奏をしたいとずっと思っていたけれど、実のところは「もっと」格好良い演奏をしたいだけだった。そのためには、練習しかない。そう心に決めて取り組んでいる日々である。

アルバム、発売したら聴いてみてね。聴ける環境は整えるので。


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